大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(行タ)3号・昭43年(行ケ)154号 判決

現行公職選挙法は一律に公職の候補者につき立候補制度を採用し、選挙人は候補者にのみ投票し得るのであつて、候補者でない者の氏名を記載した投票を無効としている。従つて、現行法の下においては選挙人は通常いずれか一名の候補者に投票する意思で投票用紙に候補者の氏名を記載するものと推定するのが極めて合理的であり、選挙人が候補者の何人に投票したものであるかが投票の記載自体から判断し得るかぎりできるだけ投票を有効と認めるのが相当である。そして、選挙人が常に正確に候補者の氏名を記載して投票することは望ましいことではあるが、選挙人が常に正確に候補者の氏名を記憶しこれを正確に記載することは必ずしも期待し難いところであるから、候補者の氏名と完全に一致しない投票若しくは二人以上の候補者の氏名が混記されているかに認められる投票であつても、投票に記載された氏名と実在の候補者氏名との観念上事実上の類似性の有無程度、投票の記載から推認される選挙人の知識及び教育程度並びに選挙執行当時の諸般の事情を参酌して投票の記載が誤記によるものであると認められるときは、これをその記載と最も類似した候補者に対する投票であると認めるのが至当であるといわなければならない。

そこで、本件において問題となつた「青木昭治」なる記載のある二票の投票の効力について検討する。

1 まず、全体的な視感の上からいえば、「青木昭治」なる記載と候補者である参加人「青木昭久」の氏名とは極めて類似性が高いものということができる。前述のように本件選挙の候補者中には他に「岩本昭治」なる者がいるのであるが、右「青木昭治」なる記載は参加人「青木昭久」の氏名と氏は完全に一致し、名も第一字目は一致しており、僅かに最終字、名の第二字目において異つているのに過ぎないのに対し、「岩本昭治」なる氏名とはたしかに名において一致しているものの、氏は全く異り、全体的視感はかなり相違しているのであつて、問題の投票の記載自体の全体的視感は岩本昭治よりもはるかに参加人青木昭久に類似しているものといわなければならない。また、観念表象上も「青木昭治」なる記載は岩本昭治とは相似相類の関係にはなく、参加人青木昭久の氏名と相似相類の関係にあるものと認められる。

2 発音上の問題についてみるに、問題の二票の投票の「青木昭治」なる記載は「あおきしようじ」又は「あおきあきはる」と読得るのに対し、参加人の氏名は「あおきあきひさ」と読むのが普通であろうが、「あおきしようきゆう」とも読むことができ、また岩本昭治は「いわもとしようじ」または「いわもとあきはる」と読むことができるのであるが、記載の音読全体からいつても、問題の「青木昭治」なる記載は参加人青木昭久とかなりの類似性があるといつてしかるべきである。

3 成立に争いがなく、本件選挙において参加人の使用した選挙用ポスターであることに当事者間に争いがない丙第一号証及び同じく本件選挙において岩本昭治の使用した選挙用ポスターであることに当事者間に争いがない同第二号証によれば、参加人及び岩本昭治はいずれも選挙運動のために使用したポスターに各自の氏名全部を大きく掲記した上さらに平仮名を以てその氏のみを参加人は「あおき」と、岩本昭治は「いわもと」とヨリ大きく特記していることが認められ、本件選挙において湯河原町会議員の候補者らはいずれもその氏名全部の記載とは別に氏のみを平仮名で特記し各自の氏を選挙人に周知徹底させる方法を採つていたものと推認することができる。この点において、原告らは湯河原町においては同氏の者が極めて多い関係上日常人を指称するには氏によらずして名によつてするのが通例であり、名の方がより重要性を有する旨主張するが、右認定の事実からすれば、湯河原町においては氏名のうち名のみが重要視されているわけではなく、氏の方もかなり重要性を有しており、氏のみによつても個々人の人を区別することが不可能でなかつたことを窺うことができる。証人二見順之助の証言中の一部には右認定に反し原告らの主張に沿うがごとき部分が存するが採用することができない。

そうとすると、問題の投票に「青木」と明瞭に記載されていることは選挙人が候補者である参加人青木昭久に投票する意思を有したと認めるべき有力な証左である。

4 成立に争いのない甲第一号証及び証人二見順之助の証言によれば、本件選挙において町委員会が公職選挙法第一七五条の二の規定に従い、本件選挙執行の当日投票所内の投票の記載をなす場所その他の場所に掲示した町会議員候補者の氏名及び党派別の掲示には、候補者である参加人青木昭久が向つて右から五番目に、同じく岩本昭治が六番目にこれと隣合わせに相並んで記載されていたことが認められる。この事実によると、選挙人が候補者の氏名を記載するに際し右の掲示を見ながら参加人に投票する意思でまず「青木」と参加人の氏を記載し、次いで名を記載しようとして右の掲示の第五番目に記載されている参加人の名を隣の第六番目に記載されている岩本昭治の名とを見誤り、「昭治」と参加人の名を書き誤つたことは十分あり得べきことといわなければならない。

5 次に、証人二見順之助の証言に本件弁論の全趣旨をあわせると、本件選挙の選挙会において問題の「青木昭治」なる記載のある投票の効力が問題とされた際一〇名の開票立会人のうち参加人青木昭久側の開票立会人森本勲がこれを参加人に対する投票として有効であると主張したほか右投票の有効なことを主張する者はなく、開票管理者でかつ選挙長であつた二見順之助は問題の「青木昭治」なる記載について誤記などの可能性について考慮をめぐらすことなく、単に参加人青木昭久の氏の「青木」と岩本昭治の名の「昭治」とをとつて記載した氏名混記の投票であつて、公職の候補者の何人を記載したか確認し難いものとして何ら躊躇することなくこれを無効と決定したことが認められる。しかし、候補者制度を採用する選挙において選挙人は候補者中の一人に対し投票する意思を有するものと推定すべきこと前述のとおりであり、たとえ投票の記載が正確なものではないとしても、投票記載の氏名と類似の氏名の候補者が存在し、投票の記載自体及び諸般の事情から選挙人がその候補者に投票する意思で氏名を誤記したような場合には、これを該候補者に対する有効投票とすべきであるから、問題の「青木昭治」なる記載の投票について誤記の可能性を何ら検討もせず、直ちに氏名混記として無効とすべきものと速断したことは著しく粗漏の譏を免れないものといわなければならない。従つて、原告ら主張のように問題の投票の効力につき森本勲を除く九名の開票立会人及び開票管理者がこれを無効と判定したとしても、その判定は軽卒に過ぎ、なお誤記の可能性を検討していずれかの候補者に対する投票として有効と認むべき余地を残すものというべきである。

以上1ないし5において検討したところをあわせ考えると、問題の「青木昭治」なる記載のある二票の投票は参加人青木昭久の名を誤記したものであつて、参加人に対する有効投票と判断するのが相当である。

(浅賀 岡本 鈴木)

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